ここ数年考えていたこと。
「終の棲家」
ということで・・・
思い切って引越しを考えています。
(またはリフォームになるかも)
これまでに
引越しは何度も経験してきましたが
引越しをするときには
人生の区切りを感じてきました。
成人前に親と暮らしていたころ。
一人での生活。
結婚生活のスタート。
そして・・・
夫が勤め上げてくれたあとの
これからの生活。
そんな、これからの生活は
シンプルでありながらも
気持ちよく
過ごせるところが
良いなと思っています。
こんな記事を見つけたので
覚え書きとして
載せさせていただきます。
人生を四期に分けて考える
(五木寛之さん)
私たちは今、誰もが百歳以上生きるかもしれない時代を生きています。そうであるならば、人生を二回生きるイメージを構築し、五十を境に別の生き方に切り替えてみてはどうでしょうか。十年ほど前に上じょう梓しした『林住期』という本の中で提案したこの思いを、私は近年ますます強くしているところです。
古代インドに生まれた「四住期」という考え方がありますね。そこでは、人生を「学生期」「家住期」「林住期」「遊行期」の四つに分けて、段階ごとに定められた義務を果たしながら一生を終えることが一つの理想とされている。
インドにかかわらず、中国でも人生を四つに分けるのですが、世界的に人生を四つに分けて考えるのが普通の考え方のようです。中国でも、「青春」「朱夏」「白秋」、最後は「玄冬」と四つに分けるようです。
古代インドの「四住期」における第一の季節、「学生期」は、現代の感覚でいえば、学校を卒業するころまでの時期でしょうか。一人前の大人に成長するため、いろんなことを世間から学ぶ義務が課されている時期。
(中略)
学生期を終えると、世の中に出て生計を立て、結婚して子孫を残す「家住期」に入ります。就職したり、家庭を持ったり、世の中に出て社会的に活動する、人間の生涯の中でも最も忙しい時期といえるでしょう。
(中略)
「林住期」からが後半生です。
林住期を迎えた人は、社会生活から身を引き、子どもたちも大きくなったことだし、家のことは子どもに任せ、林に庵を結びます。つまり、仕事からも家庭の細かなことからも解放されて、思索の時を持つ。
(中略)
林住期を経た人は、やがて人生最後の季節、遊行期に至るのです。
庵をたたみ、旅に出る。
昔から日本でも「遊行の僧」と言われる人がいて、一いっ遍ぺん上しょう人にんのように、踊り念仏を広めながら全国を旅して歩く人もいましたし、また、西さい行ぎょう法師のように、歌の道に志し、花鳥風月を求めて旅をしながら生きるというのもありました。
それと同じように、身一つで家を出るのです。簡単にいうと、家族などの絆きずなというものから離れて、一個の自由な人間として旅に出る。
(中略)
遊行期とは、理想の死へと向かう旅立ちの季節なのです。そこには、死に対する悲壮感はありません。
住処すみかを捨て、家族という絆さえも断ち切って、杖つえを手にゆっくりゆっくりと死に向かう旅をする……。
(中略)
「四住期」を現代に当てはめて、人生を百年と仮定すると、
学生期 二十五歳ごろまで
家住期 二十五~五十歳ごろ
林住期 五十~七十五歳ごろ
遊行期 七十五歳以降
おおむね、こういうことになるでしょうか。人によっては、林住期を八十五歳ぐらいまで延長してもいいでしょう。