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道教医学

道教寺院に「道教医学」というパネルがありましたので

そのメモ。

 

 

百度百科さまより

道教医学

基本定义
道教为追求长生成仙,继承和汲取中国传统医学的成果,在内修外养过程中,积累的医药学知识和技术。道教医学包括服食、外丹、内丹、导引以及带有巫医色彩的仙丹灵药和符咒等,与中国的传统医学既有联系又有区别,其医学和药物学的精华,为中国医药学的组成部分。这是目前最具权威和影响力的一个定义。
但仅仅凭借某一定义并不能揭示出道教医学全部、丰富的内容,这就需要人们就道教医学的具体内容从不同方面、各个角度和层次进行深入细致的研究,方能得出全面、具体、深刻的结论来。

発展
道教医学的形成与发展是以其人生哲学和宇宙论为基础的。在道教学者看来,人与宇宙天地万物共同源于"炁","炁"者,"气"也,或称"无极"。葛洪在《抱朴子内篇─至理篇》中明确指出:"夫人在气中,气在人中。自天地至于万物,无不须气以生者也。"陈抟说:"两仪即太极也,太极即无极也。两仪未判,鸿?未开,上而日月未光,下而山川未奠,一气交融,万气全具,故名太极,即吾身未生之前之面目。"(《玉铨》)人类模拟自然的一切手段,包括道教医学中提取药物的种种方法和治疗手段都是以人物同源论为基础的。老子认为:"人法地,地法天,天法道,道法自然"。诠释之即为人法地而生,地法天而行,天的运行是循着道的,道便指自然,实际上是要求人"法自然",依照自然界的规律行事。道教医学认为"人是一个小乾坤",是天地自然的一部分,天供人以生存的必要条件,人应顺应天地自然的关系和规律,使之达到"天人相应"的境界,这样才能"长生久视",尽终天年,反之则灾害降临,疾痛丛生。
道教医学通过认识自然界的变化规律来研究掌握人体生命活动的变化规律,发现自然界的运动变化常常影响着人体,会使人产生心理、生理及病理的变化。如自然界的风寒暑湿燥火六种自然气象被称为六气,正常时不会引起人们致病,若太过、不及或不应时,则成为六淫,影响到人体的调节适应机能及病原体的孳生传播,成为致病的因素,侵犯人体而造成疾病的发生,这种取类比象的方法不但阐述了人与自然之间的关系,而且广泛应用于医疗保健之中。葛洪曰:"夫五谷犹能活人,人得之则生,人绝之则死,又况于上品之神药,其益人岂不万倍于五谷耶? 夫金丹之为物,烧之愈久,变化愈妙。黄金入火,百炼不消,埋之毕天不朽,服此二物,炼人身体,故能令人不老不死。此盖假求于外物以自坚固,犹如脂之养火而不可灭。铜青涂脚,入水不腐,此是借铜之劲,以插其肉也。金丹入身中,沾沾荣卫,非但铜青之外传矣"。(《抱朴子内篇.金丹篇》)。这段话生动而形象地描述了人们对健康长寿的追求和向往。幻想人也能像某些自然物一样永世长存。
道教人生哲学提倡修道成仙,追求长生不死,这种信仰和理论促使其信奉者孜孜追求长生不老之药,并伴随"内以养己"的炁功,通过养生、避世、清心寡欲以达到祛病延年、强健体魄的目的。并在修炼过程中积累了大量有关医药养生、祛病延年、保健强身的知识与方术,它包括了服饵外用、内丹导引等。在对不死之药的代代相继追求中,炼"仙丹"以求长生不老之药,服金石以求长生不老之道的风气曾炽盛。但守一、内视、存思、存神、行气、胎息、导引、按摩、辟谷、服食、房中术、调摄、外丹术、内丹术等虽然掺有一丝神秘色彩但也不乏医学底蕴和“合理内核”。


代表人物
董奉,葛洪,鲍姑,陶弘景,杨上善,王冰,孙思邈,王怀隐,马志,崔嘉彦,刘完素,赵宜真,周履靖等人就是同时在道教史和中国医学史这两个领域 上都享有盛誉的道教医学。

 

基本的な定義
道教医学とは、長生と成仙を追求する過程において、中国伝統医学の成果を継承・吸収し、内修と外養の過程で蓄積された医学的知識と技術である。道教医学には、服食、外丹、内丹、導引、さらには巫医的な色彩を帯びた仙丹・霊薬や符呪などが含まれ、中国の伝統医学とは関連しつつも相違点があり、その医学および薬学の精髄は、中国医学の一構成要素となっている。これは現在、最も権威があり影響力のある定義である。
しかし、ある一つの定義だけでは道教医学の全容や豊かな内容を明らかにすることはできない。そのためには、道教医学の具体的な内容について、様々な側面、角度、レベルから深く詳細な研究を行う必要があり、そうして初めて、全面的かつ具体的で深遠な結論を導き出すことができるのである。
発展
道教医学の形成と発展は、その人生哲学と宇宙論に基づいている。道教学者によれば、人と宇宙、天地万物は共に「炁」に由来する。「炁」とは「気」のことであり、あるいは「無極」とも呼ばれる。葛洪は『抱朴子内篇─至理篇』の中で次のように明確に指摘している。「人は気の中にあり、気は人の中にある。天地から万物に至るまで、気によって生じないものはない。」陳抟は言う。「両儀はすなわち太極であり、太極はすなわち無極である。両儀未判、鴻穀未開、上には日月未光、下には山川未奠、一気交融、万気全具、故に太極と名づける、即ち吾身未生以前の面目なり。」(『玉鈞』)人類が自然を模倣するあらゆる手段、道教医学における薬物の抽出法や治療手段の諸々は、すべて「人物同源論」に基づいている。老子は次のように述べている。「人は地を法とし、地は天を法とし、天は道を法とし、道は自然を法とする」。これを解釈すれば、人は地を法として生まれ、地は天を法として動く。天の運行は道に従い、道とはすなわち自然を指す。実際には、人に「自然を法とする」こと、すなわち自然界の法則に従って行動することを求めているのである。道教医学は、「人は一つの小さな乾坤である」とし、天地の自然の一部であると考える。天は人に生存に必要な条件を与え、人は天地の自然の関係と法則に順応し、「天人相応」の境地に達すべきである。そうして初めて「長生久視」し、天年を全うすることができる。逆に、そうしなければ災害が降りかかり、病痛が次々と生じる。
道教医学は、自然界の変化の法則を理解することで、人体の生命活動の変化の法則を研究・把握し、自然界の運動や変化が常に人体に影響を与え、心理的、生理的、病理的な変化を引き起こすことを明らかにした。例えば、自然界の風・寒・暑・湿・燥・火という六種の自然気象は「六気」と呼ばれ、正常な状態では人々に病気を引き起こすことはないが、過度、不足、あるいは時節にそぐわない場合、これらは「六淫」となり、人体の調節・適応機能や病原体の繁殖・伝播に影響を及ぼし、致病因子となって人体を侵し、病気の発症を引き起こす。このような類推・比喩の手法は、人と自然の関係を解明するだけでなく、医療・保健の分野においても広く応用されている。葛洪曰く、「五穀は人を生かす力があり、人はこれを得れば生き、絶てば死ぬ。ましてや上品の神薬となれば、その人への益は五穀の万倍に及ぶのではないか。金丹というものは、焼く時間が長ければ長いほど、その変化はますます妙となる。黄金は火に入れば百回鍛えても消えず、地中に埋めても天が滅びるまで朽ちない。この二つの物を服用し、人の身体を鍛えるならば、故に人を不老不死とさせることができる。これは外物の力を借りて自らを堅固にするものであり、まるで脂が火を養い、それを消させないのと同じである。「銅青を足に塗れば、水に入っても腐らず、これは銅の力を借りて肉に浸透させるのである。金丹が体内に取り込まれれば、栄衛に浸透し、単に銅青が体外から作用するだけではない。」(『抱朴子内篇・金丹篇』)。この一節は、人々の健康と長寿への追求と憧れを生き生きと形象的に描写している。人間もまた、ある種の自然物のように永遠に存続できることを幻想しているのだ。
道教の人生哲学は、修道して仙人となること、長生不死を追求することを提唱している。この信仰と理論は、信奉者たちに長生不老の薬を熱心に追求させるとともに、「内以て己を養う」という気功を伴い、養生、避世、清心寡欲を通じて、病を祛り寿命を延ばし、体を強健にするという目的を達成させた。また、修練の過程において、医薬養生、病を祛り寿命を延ばすこと、保健強身に関する膨大な知識と方術が蓄積された。これには、服薬や外用、内丹や導引などが含まれる。不死の薬を代々追い求める中で、「仙丹」を煉って不老不死の薬を得ようとしたり、金石を服用して不老不死の道を求めようとする風潮が一時盛んになった。しかし、「守一」「内視」「存思」「存神」「行気」「胎息」「導引」「按摩」「辟谷」「服食」「房中術」「調摂」「外丹術」「内丹術」などは、多少の神秘的な色彩を帯びているものの、医学的な素養や「合理的な核心」を欠くものではない。

代表的な人物
董奉、葛洪、鮑姑、陶弘景、楊上善、王氷、孫思邈、王懐隠、馬志、崔嘉彦、劉完素、趙宜真、周履靖らは、道教史と中国医学史の双方において高い評価を得ている道教医学の代表者である。

 

 

 

 

津村喬さんのブログより

本来は「道教輿中醫」と書く。與は「と」である。台湾の旧字表記だ。これは台湾で出た本なのである。出版社は台北の文津出版社、著者はおなじみの宋天彬さんと、存じ上げないが胡衛国さんのお二人だ。宋さんは北京中医薬大学の気功教研室を主宰し、退職されてから四川の李遠国さんと並んでわが気功文化研究所の副所長になられた。すでにたくさんの本を書いておられるが、台湾の本は珍しい。日本で何冊か買った話をしたら、ご自分はなくなってしまったので一冊欲しいと言われてお持ちしたことがある。その時も胡さんがどんな方かお聞きするのを忘れた。扉の見返しに「著名な医家と道教家」と書いているから、宗教家ないしその関連の文筆家かも知れない。台湾で出て中国では出ていない事情もわからない。何となく懐かしい、縦て組の中国語である。

各章の終わりに( )して筆者名が書いてある。各章と執筆者を挙げるとこうなる。
 
第一章 同源異流(胡)
第二章 医道浸透(胡)
第三章 道教内丹術と医学気功(宋)
第四章 道教修練と養生(宋)
第五章 当代道教と医薬養生(胡) 

医学と道教とが同じ源から出て来たという趣旨である。それはシャーマニズム、鬼神信仰をベースにしている。その中から道とか気とか陰陽、天人合一といった共通の概念が形成されて来て、次第に宗教と医学が形を整えて行く。古代の医学が道教に影響を与え、道教もまた医学に貢献する。 

第二章では、まず道教徒であって医師でもあった著名な四人の仕事をふりかえる。皇甫謐、葛洪、陶弘景、孫思藐の四人である。それから、《太平経》《黄庭経》《悟真篇》などの代表的道教教典がいかに中医養生学の影響下に書かれているかが明かされ、また《黄帝内経》《諸病源侯論》《聖済総録》など医学文献がいかに道教の影響下に書かれたかが論じられる。さらに、煉丹術・外丹・内丹と医薬学の相互影響について語られる。 

第三章では、とくに内丹術として特化された道教気功が一定の科学的な意味を持つこと、その練功プロセスといくつかの小周天功法が比較される。女丹功の解説もある。 

第四章では、内丹以外の一般的な修練と養生の関わりが描かれる。導引法、吐納法、存想法などの功法が具体的に取り上げられ、さらに絶食、断食の方法や、房中、符録、占星などについてもふれられる。 

第五章では、大陸の現代道教の現状が報告され、現代の医学に詳しい道教家が陳櫻寧、楊践行、張覚人、藩雨廷、王杰、道教に詳しい医家が蒋宗瀚、唐崇亮、李永徳などと紹介される。最後に気功や養生学の発展について語っている。気功が大きく評価されて、意守、入静、周天、走火などのもともと宗教用語が日常の練功用語に入ったのはいいことだが、他方で道教の名前を使って人を騙し、「気功大師」の振りをして、名声や名利のために気功を利用するやからがいるという警告で終わっている。 

全体としてどこを読んでも参考になる本だが、とくに老子按摩法などの古典はここからいつもとって紹介している。