気功を言葉で説明するのは本当に難しく・・・
そんな時に、このブログでは、よく津村さんの文章をご紹介させていただいています。
今回もまたご紹介。
だいぶ前に書かれたものらしいです。
80年代というから・・・30年前ですか・・・。
気功の簡単な説明をしたいときによく引用するのが老子の道徳経の中の「専気致柔、能嬰児乎」の八文字です。「気をもっぱらにし、柔をきわめ、よく嬰児たらんか」と読みます。前半が気功の方法で、後半が気功の目的だと説明するのです。
◇
赤ちゃんのようになりたいというのですが、それはなぜでしょうか。
赤ちゃんはお母さんの世話にならなければ生きていけないし、何もできない、何も世俗の権力を持たない、弱い存在です。しかし赤ちゃんはそこにいるだけで、部屋じゅうの気を集めてしまうし、オギャーと泣けばますますすべての気を集めてくることができます。
赤ちゃんは気の権力を持っていて、それ自身気のカタマリなのです。それはなぜかというと、社会の中でどんな役割を果たすこともなく、ただ「存在している」からです。また赤ちゃんは自分のカラを持たず、すっかり開かれているので、誰もが自然に抱いてみたくなります。なかなか大人になるとそうはいきません。
いつも赤ちゃんでいることもできないけれども、一日のある時間、赤ちゃんのように「ただ存在している」状態になると、心身の疲労を解き、自己調和を回復することができます。それは気功の目的のひとつです。いずれにしても、生命の始まりに立ち返って、自己の生涯の全体と調和したい、という願望が「能く嬰児たらんか」という言葉にはこめられているようです。
◇
ではどうすればそのようになれるかというと、「気の集中とリラックス」といっているように聞こえます。専気を気の集中、致柔をリラックスと読むのは無理がありませんし、集中すれば緊張してしまい、リラックスすれば気が散漫になってしまうのが普通なので、集中とリラックスが両立するのは特別な状態だとわかります。事実、気功状態とよばれる脳の状態は、覚醒と安静が、「気がつくこと」と「気にならないこと」が両立する状態です。
でもこれだけでナットクしてしまわないで、もう少し詳しく考えてみたいのです。
・・・・・・・・続く
その一部をご紹介しました。
全文は津村さんのブログまで。